「自分は絶対に映画館で、エンドロールで『いのちの名前』の歌を聴いた」と言い張るファンは決して少なくありません。なぜ、実際には本編で一度も流れていないボーカル曲が、これほど多くの人々の記憶の中で「既視感(デジャブ)」ならぬ「既聴感」を生み出しているのでしょうか。
認知心理学において、これは「記憶のすり替え現象(フォールス・メモリー/マンデラ効果)」の一種として説明がつきます。その背景には3つの決定的な要因が存在します。
- テレビ特番やCMによる刷り込み:金曜ロードショー等の地上波放送前後に組まれたジブリ特番やメイキング映像、あるいは関連企業のタイアップCMにおいて、「いのちの名前」のボーカル版がBGMとして繰り返し使用されたこと。
- メロディの完全一致:映画の冒頭とクライマックスで強烈な印象を残す「あの夏へ」とメロディが完全に同一であるため、脳内で「あの夏へ」の映像体験と後から聴いた「いのちの名前」の歌詞情報が無意識に合成されてしまうこと。
- 映像喚起力の凄まじさ:覚和歌子氏の詞があまりにも映画の世界観の本質を射抜いているため、「この映像にはこの歌詞しかない」という確信が鑑賞者の記憶を後から上書きしてしまうこと。
映画監督の宮崎駿氏はかつて、「映画の音楽は、映像の説明であってはならない。映像と音楽がぶつかり合って、第三の空間を生み出さなければならない」という趣旨の哲学を語っています。「あの夏へ」というインストゥルメンタルが映像と衝突して生み出した余白に、覚和歌子氏の言葉と歌唱が見事にはまり込んだからこそ、観客は「映画の中で歌われていた」と錯覚するほどの深いリアリティを受け取ったのです。