1995年から『週刊新潮』で連載が始まると、作品は瞬く間に世間の注目を集めましたが、名指し同然で腐敗を描かれた日本航空側からは猛烈な反発が起きました。
当時、JALは新潮社に対して公式に抗議文書を提出したほか、機内での『週刊新潮』の搭載取りやめや広告引き上げを検討するなど、メディアと巨大企業の全面対決へと発展。社内では「事実無根の誹謗中傷である」とする主張と、「社内の膿をすべて言い当てている」とする現場社員の共感が真っ向から分かれました。
しかし、世論の圧倒的な支持と累計発行部数数百部を超える大ベストセラー化により、JAL側の反発はかえって作品の信憑性を裏付ける形となりました。山崎豊子の徹底したリアリズムは、企業小説の枠を超えて「組織と人間の倫理」を問う社会現象へと昇華していったのです。