芥川龍之介といえば、理知と冷徹な人間観察に基づいた短編の名手として知られます。しかし彼の精神の奥底には、常に「目に見えないものへの恐怖」や「理性の裏側に潜む狂気」への強い執着が存在していました。英文科に学んだ芥川は、同時代の英米文学から19世紀のゴシックホラーに至るまで膨大な洋書を原書で読破し、怪異文学の持つ冷徹な美学に強いシンパシーを抱いていたのです。
芥川が惹かれたのは、単に怪物が暴れるような安易な恐怖譚ではありませんでした。日常が音もなく歪み、人間の意識や良心が追い詰められていくような、知的で研ぎ澄まされた怪異です。西洋の世紀末芸術やデカダンスにも通じるこの美意識こそが、芥川龍之介選による怪談アンソロジーの根底に流れる共通項となっています。