日本人選手がNBAでドラフト指名される。それも、一桁順位の「トップ10」で。当時の日本のバスケットボール界において、それはSF小説のような荒唐無稽な夢物語に過ぎなかった。田臥勇太が切り拓いた道は偉大だったが、ドラフト指名という形でのエリート街道は、体格や環境の壁に阻まれ続けてきたからだ。
しかし、彼はその壁をいとも簡単に、かつ豪快にぶち破った。ゴンザガ大学での目覚ましい活躍があったとはいえ、実際に指名された瞬間の日本国内の興奮は異常とも言える熱量だった。スポーツニュースは連日この快挙をトップで報じ、バスケットボールに興味のなかった層までがその名を知ることとなる。まさに社会現象だった。