プロレスを去った彼が着手したのが、世界で初となる総合格闘技の体系化だった。「打つ・投げる・極める」という3大要素を明確なルールとして統合し、安全面と実戦性を兼ね備えた新競技「修斗(創設当初はシューティング)」を設立する。
当時は「そんなものはスポーツとして成り立たない」と総合格闘技界やメディアから冷ややかな視線を浴びることも少なくなかった。それでも彼は折れなかった。後に日本修斗協会を設立し、若手選手の育成と厳格な階級制・グローブルールの整備に奔走。このとき彼が撒いた種こそが、現在の世界的なMMA(総合格闘技)ブームの揺るぎない土台となった。