引田天功の歴史を語る上で欠かせないのが、初代から2代目への劇的な継承劇です。初代引田天功は1960年代から70年代にかけて、日本中に脱出マジックのブームを巻き起こした伝説のイリュージョニストでした。しかし、1979年に心筋梗塞のため45歳の若さで急逝します。
突如として主を失った天功一座を救うべく白羽の矢が立ったのが、当時アイドル歌手「朝倉まり子」として活動していた若き日の2代目(本名:板倉満里子)でした。初代の遺志を継ぐオーディションを経て、1980年に2代目引田天功を襲名。その後、活動の舞台をアメリカへと移し、アニメのモデルになるなど「プリンセス天功」として世界的な大成功を収めました。
現在では公式プロフィールにおいて年齢や本名をあえて前面に出さず、「ワンダーランド出身」という神秘的なベールに包まれています。このプロフェッショナルな偶像化こそが、2代目が初代の遺産を発展させ、世界規模のブランドへと昇華させた最大の要因です。