1963年の登場以来、3000両以上が製造されたこの車両は、まさに日本の高度成長期を足元から支えた大黒柱だった。当時の東京は人口爆発の真っ只中。押し寄せる通勤客をいかに早く、大量に運ぶか。その過酷なミッションに対して、この車両は「力任せ」とも言える設計で応えた。
加減速性能を重視し、頑丈さだけを追求したスチール製のボディ。冷房すら満足になかった時代、窓を全開にして走る車内には、すさまじいモーター音が響き渡っていた。乗客を詰め込めるだけ詰め込んで走る姿は、当時の日本のエネルギーそのものだったと言える。