邪馬台国は近畿にあったのか、それとも九州だったのか。日本史最大のミステリーをめぐる議論に、今回の出土事実は新たな決定打を投げかけている。弥生時代の集落形態として国内最大規模を誇るこの地で見つかった祭祀空間の特異性は、「魏志倭人伝」に記された邪馬台国の宮室や楼観の描写と不気味なほど一致する点が多い。
考古学の視座から見れば、単に遺物が出たという事実以上に、集落内における配置の規則性こそが決定的な意味を持つ。王権の象徴たる主祭殿の軸線上に位置するこのエリアは、最高司祭者が祈りを捧げた閉ざされた空間だった公算が高い。卑弥呼のような強力な宗教的指導者が君臨し、民を統率していた舞台装置が、まさに目の前で復元されつつあるのだ。