すべての始まりは、ゲームフリークの創業者である田尻智氏が1990年に書き上げた一冊の手作り企画書でした。タイトルは『CAPSULE MONSTERS(カプセルモンスター)』。表紙にはメカニカルなカプセルから出現する恐竜のようなモンスターと、それに指示を出す少年のイラストが描かれていました。
田尻氏が幼少期に熱中した「昆虫採集」の歓びと、当時発売されたばかりの任天堂「ゲームボーイ」が備えていた通信ケーブル。この2つが結びついた瞬間、単なる対戦ではなく「交換」によってモンスターを集めるという、人類史上かつてないゲームデザインの骨子が生み出されたのです。
当時、ゲームフリークは同人サークルから商業メーカーへと歩みを進めたばかりの小所帯でした。この荒削りながら熱量に満ちた企画書を任天堂に持ち込んだ際、そのポテンシャルをいち早く見抜いたのが、後に数々の名作を世に送り出す宮本茂氏でした。宮本氏は田尻氏の才能を買い、開発費の工面やゲームボーイでの商品化に向けたバックアップを決定します。しかし、ここから1996年2月の『ポケットモンスター 赤・緑』発売に至るまで、約6年もの難航を極める開発期間が待ち受けていました。