中森明菜の恋愛史を語る上で避けて通れないのが、1980年代のトップアイドル同士として世間を熱狂させた近藤真彦との交際、そして1989年に起きた一連の騒動です。
2人は1985年の映画『愛・旅立ち』での共演をきっかけに交際をスタートさせ、歌番組や雑誌でも公認のビッグカップルとして扱われていました。明菜自身も結婚に対して極めて前向きであり、テレビ番組等で「早くお嫁に行きたい」と語るなど、家庭を持つことへの強い憧れを抱いていました。
しかし、1989年7月11日、近藤の自宅マンション内で中森明菜が左手首を深く切る自殺未遂騒動が発生します。命に別状はなかったものの、日本中が騒然となる大事件へと発展しました。背景には、2人のすれ違いや将来観の不一致、さらには金銭トラブルなど複雑な要素が絡み合っていたと報じられています。
そして同年12月31日の大晦日、世にいう「金屏風事件」が起こります。通常、おめでたい婚約発表の場に用いられる金屏風が設営された会見場に明菜が登場したため、マスコミは「電撃婚約発表か」と色めき立ちました。しかし、実際に開かれたのは彼女自身の謝罪と、近藤への感謝、そして新事務所設立を報告する異例の謝罪会見でした。
同席した近藤が記者から結婚について問われ、「そういうことは一切ありません」と明言したシーンは象徴的でした。この会見をもって2人の関係は事実上終焉を迎え、明菜の心身に計り知れない傷を残すことになりました。