中学時代からすでに140キロを超える直球を投げていた逸材に対し、県内外の甲子園常連校や名門私学から破格のスカウトが殺到していました。大阪桐蔭や花巻東といった全国制覇を狙える強豪への進学が確実視されていた中、佐々木朗希が下した決断は、地元である岩手県立大船渡高校への進学でした。
佐々木朗希が大船渡高校を選んだ理由の根底には、大船渡第一中学校の軟式野球部で苦楽を共にしたチームメイトとの絆がありました。「この仲間たちと一緒に甲子園に行きたい」という強い想いを抱き、地元の友人たちと示し合わせて公立校の門を叩いたのです。
東日本大震災で被災し、幼少期に辛い別れを経験した佐々木朗希にとって、気仙地区の仲間たちと支え合って白球を追う時間は何物にも代えがたいものでした。名門の整った練習環境ではなく、限られた設備と練習時間の中で仲間とともに頂点を目指す道を選んだストーリーは、多くのファンの心を揺さぶりました。