日本の歴史において、桐の花と葉を図案化した「桐紋(きりもん)」は、菊の御紋(菊花紋章)と並ぶ最高位の格式を誇ってきました。パスポートや首相の記者会見台の演台プレート、さらには私たちが日常的に手にする500円硬貨の表面にも、くっきりと桐の花が刻まれています。
桐紋が国家の象徴へと昇華した経緯は、嵯峨天皇や後醍醐天皇の時代にまで遡ります。鳳凰の止まり木という神聖性から皇室の副紋として用いられていた桐紋ですが、やがて天皇は国家に抜群の功績を挙げた武将に対し、名誉の証として桐紋を下賜(かし)するようになります。足利尊氏、織田信長、そして豊臣秀吉へと受け継がれました。
とりわけ秀吉は桐紋を熱愛し、自身の「太閤桐」を創出するだけでなく、臣下の武将たちにも次々と下賜したため、桐紋は権力者のステータスシンボルとして全国へ爆発的に普及しました。明治時代に入ると、菊紋が皇室の専用紋(国章)として厳格に法制化されたのに対し、桐紋は「日本国政府の紋章」として公式に採用され、今日の内閣府や警察庁・法務省などのシンボルへと定着していったのです。