佐藤栄作の政治姿勢を象徴する言葉として広く知られるのが、1965年の沖縄初訪問時に語った次の名言です。
「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国にとって『戦後』が終わっていない」
この決意を掲げて執念で返還を成し遂げた一方、退陣時のエピソードは後世に強い印象を残しました。1972年6月の退陣表明記者会見において、偏向報道への不満から「新聞記者は出ていってくれ。国民に直接語りかけたいからテレビカメラとだけ話す」と発言し、怒った新聞記者団が全員退席。誰もいない会見場でテレビカメラに向かって一人で語りかけるという前代未聞の光景は、現在も語り継がれています。
プライベートでは、従姉妹にあたる妻・佐藤寛子の存在が有名です。寛子夫人は率直でユーモラスな語り口からメディアでも注目を集め、時に夫を厳しく叱咤しながらも、政界の激流を生き抜く佐藤を内助の功で支え続けました。夫婦の固い絆は、数々の回想録や著述を通じても広く知られています。