1999年、人気絶頂の中で局を離れ、フリーアナウンサーとしての道を歩み始める。
移籍先に選んだのは大手芸能事務所のケイダッシュ。安定した組織の庇護を脱し、自らの実力一本で勝負する決断だった。だが、フリーの世界は生半可ではない。肩書き一つで仕事が舞い込むほど甘い業界ではないことを、誰よりも本人が理解していた。
彼女は単なる司会進行役にとどまらなかった。持ち前のフットワークの軽さと鋭い観察眼を武器に、ナレーションや執筆活動、さらには主婦目線の生活提案へと活動領域を貪欲に広げていく。局アナという看板を捨てて手に入れたのは、より自由で多層的な自己表現のキャンバスだった。