1964年のデビュー以来、一貫して日本クラウンに在籍し、看板歌手としてレーベルを牽引し続けてきた水前寺清子。音楽業界全体がめまぐるしい変容を遂げるなかでも、彼女が放つ重厚な存在感は変わらない。
また、日本歌手協会においても重責を務め、歌謡文化の継承と後進の育成に尽力してきた。昭和の名曲たちが途絶えることなく次の世代へと歌い継がれるよう、精力的にチャリティコンサートや合同公演を企画・出演している。
長年にわたり演歌・歌謡曲の発展を支えてきたその功績に対して、音楽関係者からは「芸能界の宝」「歌謡界の精神的支柱」と惜しみない賛辞が送られている。自分のためだけでなく、歌の文化そのものを守るための戦いを、彼女は今も続けているのだ。