津波の直撃を免れた高台の公民館や学校の体育館には、数千人規模の住民が身を寄せ合っていた。しかし、そこは氷点下の寒気が容赦なく吹き込む空間だった。毛布の配給は行き届かず、段ボールを何重にも敷き詰めて寒さを凌ぐのが限界だったという。
近年になって開示された自治体や医療救護班の未公開活動日誌には、生後数カ月の乳児を抱えた母親たちの悲痛な叫びが生々しく残されている。暖房設備は稼働せず、体温調節が未熟な乳児たちは急速に体力を奪われていった。低体温症や脱水症状、感染症のリスクが極限まで高まるなか、現場の医師や保健師が直面したのは、あまりにも無力な医療資材の不足だった。
「泣き声が周囲の迷惑になるのではないか」――そんな周囲への過度な気兼ねから、冷え切った自家用車や物置のような小部屋へと身を隠し、結果として発見や手当てが遅れてしまったケースも少なくない。閉ざされた空間で起きていた悲劇は、非常時における社会的弱者への配慮の欠如を冷徹に物語っている。