劇中で印籠は、警察手帳と最高裁判決を足し合わせたような絶対的威力を誇る。しかし、史実における水戸藩第2代藩主・徳川光圀が、全国を行脚しながら印籠を武器に悪徳商人を成敗した事実は存在しない。そもそも光圀が生涯で旅をした範囲は、主に関東近郊や『大日本史』編纂のための史料収集地に限られている。
では、印籠とは本来何だったのか。本質は携帯用の薬入れだ。密閉性に優れた段重ねの漆器であり、旅先での常備薬を持ち歩く実用道具に過ぎない。表面に施された三つ葉葵の家紋は、確かに徳川一門の血筋を証明する格式高いものだったが、それ自体に地方官吏の職権を即座に停止させる法的権能はなかった。幕府の制度上、御三家といえども他領の役人を現場で即決処罰する権限はなく、劇中の光景は庶民の講談が生み出した壮大なフィクションである。
だが、その虚構こそが民衆の渇望だった。徳川光圀という実在の英公に託された「見果てぬ正義の代行者」としての幻影が、薬入れの小箱を天下無敵の免罪符へと塗り替えていったのだ。