学校の教科書や科学番組で誰もが耳にしてきた名言ですが、地球は青かったの真相をたどると、一語一句そのまま発言されたわけではないことが分かります。このフレーズが日本国内で定着した最大の契機は、1961年4月13日付の日本の大手新聞各紙による報道でした。
当時のソ連共産党機関紙『プラウダ』に掲載されたガガーリンの手記や、飛行中の交信録に記されていた「地球は薄い青色(水色)を帯びていた」という描写を、日本の特派員や翻訳デスクが「地球は青かった」と極めてシンプルかつ文学的に訳出して見出しに掲げました。この簡潔で美しい日本語訳が国民的なインパクトを与え、あたかも彼が宇宙から放った第一声であるかのように記憶されていったのが地球は青かったの元ネタであり、語り継がれる由来です。
彼が軌道上から伝えた地球は青かったの本当の言葉は、管制センターとの交信ログに残された「空は非常に暗く、漆黒の闇です。そして地球は青みがかって見えます。地平線の縁が淡い青のグラデーションを描いています」という、極めて詳細で冷静な視覚報告でした。