『風立ちぬ』の主人公・堀越二郎は、単一の実在人物をそのままトレースしたキャラクターではありません。歴史に名を刻む零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の設計技師・堀越二郎の技術者としての歩みに、同時代を生きた文学者・堀辰雄の名作小説『風立ちぬ』の叙情的な私小説世界を大胆に重ね合わせた、完全なるオリジナルのハイブリッド像です。
宮崎駿監督が描いたゼロ戦の設計思想は、単なる兵器開発への礼賛ではありません。徹底的な軽量化と空気力学の美しさを極限まで追い求めた二郎の眼差しは、「ただ美しい飛行機をつくりたい」という純粋な欲望に突き動かされています。しかし、その純粋さの行き着く先は、無数の命を奪う破壊機械の完成という残酷な現実でした。
実話における堀越二郎の技術的苦悩と、結核を患う婚約者との悲恋を描いた堀辰雄の文学的エッセンス。この2つを結びつけることによって、宮崎監督は「戦争の道具を作った人間」という単純な善悪二元論を排し、自らのアニメーション制作にも通じる創作活動が孕む狂気と罪深さをスクリーンに浮かび上がらせたのです。