塩ノ山の名は、戦国時代よりもはるか昔の平安時代にまで遡る。日本初の勅撰和歌集である『古今和歌集』において、「しほの山」は歌枕として幾度も詠み込まれてきた。海のない甲斐の国にあって、なぜ「塩」という名が冠されたのか。当時の歌人たちは、その独特な山容に神聖な気配を感じ取り、都から遠く離れた神秘の地として情景を歌に託したのだった。
文学史的アプローチと地質調査が交差する現代において、この歌枕の解釈にも新たな光が当てられている。単なる比喩的表現と考えられていた歌の文脈に、古代の祭祀や特殊な鉱物資源の存在を示唆する暗号が含まれていた可能性が浮上した。古代の言葉が秘めていた真実が、千年の時を超えて現代の考古学者たちを熱狂させている。