堀江氏と政治の関わりを語る上で避けて通れないのが、2005年の衆院選だ。当時、ライブドアのトップとして「刺客」として広島6区から立候補した姿は、日本中を騒然とさせた。結果は落選だったものの、従来の選挙運動を根底から覆すメディア戦略と情報発信力は、現在の政治コミュニケーションの原形を作ったと言える。
あれから星霜を経て、彼の関心はパフォーマンスから実利的な「国家構造改革」へと深まっている。政治へのリベンジという単純な復讐劇ではなく、日本が直面する少子高齢化や経済停滞を打ち破るための、具体的な制度再設計としての出馬シナリオが浮上しているのだ。