一般的な国家であれば、親の血筋によって国籍が決まる「血統主義」や、生まれた土地の国籍が付与される「出生地主義」が採用されています。しかし、バチカン市国にはこの双方が一切存在しません。
バチカン市国の市民権は、血縁ではなく「役職」に対して一時的に貸与される完全な職能型市民権です。具体的には、以下のような条件を満たす人物にのみ発給されます。
- ローマ教皇本人(在任中のみ)
- ローマ在住の枢機卿(教皇選挙権を持つ高位聖職者)
- 教皇庁の外交官(世界各地に派遣される教皇大使)
- スイス衛兵の現役隊員およびその同居家族
- バチカンの恒常的公務に従事する一部の職員(居住許可者)
驚くべきことに、バチカン市国の市民権は「終身」ではありません。定年退職、辞任、あるいは任期満了によって役職を離れた瞬間、市民権は即座に失効・剥奪されます。失効後は、ラテラノ条約の取り決めに基づき、無国籍になることを防ぐため元々保持していた国籍(主にイタリア国籍やスイス国籍)へと自動的に戻る仕組みが整えられています。
さらにパスポート(旅券)も極めて特殊です。バチカンが発行するパスポートには、主に一般公務用の「バチカン市国パスポート」と、国際法上の主権実体である「聖座(ホーリー・シー)外交旅券」の2系統が存在します。後者は世界各国の首脳級外交官と同等の免責特権を持ち、国際舞台で絶大な効力を発揮します。しかし、これも個人の永続的な権利ではなく、聖座のために働く期間だけ保持できる特別な通行証なのです。