岡田斗司夫氏のキャリアを語る上で外せないのが、伝説的アニメ制作会社ガイナックス(GAINAX)の創業です。1980年代初頭、大阪で開催されたSF大会「DAICON III」「DAICON IV」のオープニングアニメで度肝を抜いた若きクリエイター集団を束ね、SFショップ「ゼネラルプロダクツ」を経て、1984年にガイナックスを設立しました。
総製作費約8億円を投じた劇場アニメ『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987年)や、OVAの歴史を塗り替えた『トップをねらえ!』(1988年)、NHK初のアニメーション監督作品となった『ふしぎの海のナディア』(1990年)など、岡田氏がプロデューサーとして牽引した作品群は、日本のアニメ史における金字塔となりました。
当時、現場の天才アニメーターとして頭角を現していた庵野秀明氏との関係は、クリエイティブな共闘でありながら、同時に激しい葛藤の連続でもありました。自著や当時の関係者の証言によると、岡田氏は「企画を立ち上げ、予算を集め、クリエイターを走らせる狂言回し」であり、現場で徹底した完璧主義を貫く庵野氏らとは時に激しい摩擦を生じさせました。
1992年に岡田氏はガイナックスの社長を退任し、同社を離脱。その後に制作された『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)の爆発的ヒットを外部から見守る形となりました。近年、庵野氏がメディア等で過去のガイナックス経営陣との確執や金銭問題を公表した際にも、岡田氏は自身の配信で当時の経営状況や自身の関与度合いについて淡々と振り返りつつ、クリエイターとしての庵野氏への畏敬を繰り返し語っています。