事件直後、世界中が抱いた最大の疑問は「なぜボストンマラソンだったのか」という点でした。国際テロ組織からの直接的な犯行声明が出ない中、その決定的な動機を物語ったのは、逃亡の末にボート内に追い詰められた弟ジョハル・ツァルナエフ(当時19歳)が書き残した生々しい手記でした。
マサチューセッツ州ウォータータウンの民家に保管されていたボート「スリップ・アウェイ号」の壁面に、ジョハルが鉛筆で遺したメッセージには、歪んだ正義感と報復への執念が刻まれていました。
「アメリカ政府が罪のない民間人を殺害している」「一人のイスラム教徒を攻撃することは、すべてのイスラム教徒を攻撃することと同じだ」「自分たちは罪のない人々を殺した報いを受けているのだ」――法廷に証拠提出されたこの手記が示す通り、彼らの最大の動機は、アメリカ同時多発テロ(9.11)以降のアメリカによる対外軍事介入に対する私怨と報復でした。
彼らがボストンマラソンのゴール付近を狙った理由は極めて冷酷です。愛国者の日(パトリオッツ・デイ)に開催され、メディアのカメラが集中し、無防備な市民や家族連れが密集する場所を選ぶことで、「最大限の社会的恐怖とメディア露出」を狙った劇場型テロの構造が浮き彫りになっています。