1980年代初頭の「マンザイブーム」におけるザ・ぼんちの人気は、現代のアイドルカルチャーをも凌駕する社会現象でした。レコード『恋のぼんちシート』(作詞・作曲:近田春夫)はオリコンチャートで最高2位・約80万枚のセールスを記録し、漫才師として日本武道館で初となる単独コンサートを成功させるなど、エンターテインメント史に不滅の足跡を刻みました。
しかし、その絶頂期の裏側では凄まじい過密スケジュールが2人を襲っていました。睡眠時間は連日2〜3時間に削られ、移動の合間にネタを合わせる極限状態が続いた結果、1986年に突如としてコンビ解散を発表します。当時、ワイドショーや週刊誌では「不仲による破局」と書き立てられましたが、当時の特番インタビューや自著・手記で語られた告白を紐解くと、真相はより構造的な問題でした。
「このままでは2人とも芸人として擦り切れてしまう」「じっくりと腰を据えて本格的なしゃべくり漫才を追求したい」という里見まさと側の芸に対する危機意識と、俳優やバラエティなど多方面へ表現を広げたいぼんちおさむ側の志向のズレが生じていました。単なる感情的な喧嘩別れではなく、表現者としてのアイデンティティと生存戦略の違いが1986年の決断へと繋がったのです。