『新宝島』がリリースされた当時、一部の古参ファンや音楽コミュニティの間で「サカナクションは商業主義に魂を売ったのではないか」「初期の文学的な深みが失われた」といった議論が巻き起こりました。さらに、ネット上では「過去の昭和歌謡のパクリではないか」という心ない噂が散見された時期もあります。
しかし、これらの議論の真相を関係者の証言や当時の制作ドキュメントから紐解くと、事実は全く正反対であることが分かります。
山口一郎は「大衆音楽としてのポップス」を作ることに対し、ロックバンドとして最も過酷な実験を試みていました。アンダーグラウンドで培ったオルタナティブなサウンド哲学を、いかにしてゴールデンタイムのお茶の間に届く「王道のポップス」として成立させるか。それは妥協ではなく、むしろ自己の表現領域を極限まで押し広げる命がけの挑戦だったのです。
また、パクリ疑惑とされた昭和歌謡のテイストについても、公式のプロモーション段階から「昭和のレジェンドたちへの正統なオマージュ」であることが明言されており、権利関係や引用の文脈は極めてクリーンに処理されています。ネット上で一時期囁かれた批判は、楽曲の圧倒的なポピュラリティと完成度の高さによって、次第に高いリスペクトへと塗り替えられていきました。