ハリウッドでの企画がことごとく頓挫したエイゼンシュテインを救ったのは、アメリカの社会主義作家アプトン・シンクレアだった。シンクレア夫妻が出資者を募り、メキシコでの自由な映画制作をバックアップする契約を結んだことで、前代未聞のロケーション撮影が幕を開けた。しかし、完璧主義者のエイゼンシュテインは撮影期間と予算を大幅に超過。数万メートルにも及ぶネガフィルムを回し続けた。
忍耐の限界を迎えたシンクレアと、モスクワからの帰国命令に脅えるエイゼンシュテイン。両者の溝は修復不能なまでに深まった。最終的にシンクレアは資金提供を打ち切り、フィルムの管理権を差し押さえる。エイゼンシュテインは自らの手で1コマも編集することを許されぬまま、失意のうちにソ連へと送還された。映画産業の力学と芸術家の執念が激突した、映画史屈指の悲劇である。