フジテレビの目玉マークはなぜ誕生した?40年続く意味とデザイナーの真相

フジテレビの目玉マークはなぜ誕生した?40年続く意味とデザイナーの真相

フジテレビの目玉マークはなぜ誕生した?40年続く意味とデザイナーの真相の真相について、分かりやすい解説を詳しくお届けします。

フジテレビのマークは「いつから」目玉マークになったのか。正確な年表を追うと、グループ制定とテレビ放送での本格導入には約1年のタイムラグが存在します。

1985年4月1日、フジサンケイグループの統一シンボルマークとして「目玉マーク」が正式に制定・発表されました。しかし、フジテレビの地上波放送における全面切り替えは即座に行われたわけではありません。1985年度は準備期間とされ、実際に放送画面上で視聴者の目の前に現れたのは1986年4月1日のことでした。

それまで27年間にわたってフジテレビの顔として親しまれていたのが、亀倉雄策氏が手がけた旧ロゴ「8マーク」です。チャンネル番号の「8」を滑らかな円と直線で図案化した幾何学的デザインで、昭和の視聴者にとっては「フジテレビ=あの細長い8の字」が完全に定着していました。

愛着あるマークを刷新するにあたり、局内でも激しい議論が巻き起こりました。その視聴者の戸惑いを解消するために展開されたのが、当時フジテレビの看板アナウンサーであった逸見政孝氏を起用した大規模な過渡期キャンペーンです。

1986年春から秋にかけて頻繁にオンエアされた特別告知スポットでは、逸見アナがカメラ目線で真面目な顔を崩さず、
「フジテレビのマークが変わりました」
「楽しくなければテレビじゃない フジテレビジョン」
と堂々と宣言。自虐やユーモアを交えながら視聴者に新マークの刷り込みを行いました。この過渡期プロモーションの巧みさによって、旧来の8マークへの郷愁は、快進撃を続けるフジテレビの「軽快で新しいエネルギー」へと見事に昇華されたのです。

小林 直樹
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小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。