日本の食卓において、「鮭」と「サーモン」は明確に使い分けられています。その最も本質的な違いは、「天然(原則として加熱用)」か「徹底管理された養殖(生食用)」かという点に集約されます。
日本近海で獲れる伝統的な「秋鮭(シロザケ)」などの天然鮭は、海を回遊する過程でオキアミや小魚を捕食します。この食物連鎖のルートに、激しい腹痛を引き起こす寄生虫アニサキスが潜んでいます。そのため、日本の天然鮭を生のまま食べることは古くからタブーとされ、塩焼き、ムニエル、鍋物など、中心部まで完全に熱を通す調理が絶対条件とされてきました。
一方で、私たちが刺身や寿司で口にする「サーモン」の多くは、ノルウェーやチリなどの清浄な海域、あるいは近代的な陸上プラントで育てられた海洋養殖魚です。孵化から出荷まで徹底した衛生管理のもと、加熱殺菌処理された人工飼料(配合ペレット)のみを与えて育てられます。寄生虫が侵入する生態系ルート自体を完全に遮断しているため、アニサキスの寄生リスクが極めて低く、安全に生食できるのです。
なお、水産庁や厚生労働省のガイドラインでも示されている通り、天然の鮭であっても「マイナス20度以下で24時間以上冷凍」すればアニサキスの幼虫は死滅します。北海道の伝統料理である「ルイベ」は、極寒の気候を利用して天然鮭を凍らせて食べる先人たちの卓越した知恵でした。しかし、現代の流通において「生食用サーモン」として流通しているものは、最初からアニサキスフリーの環境で育てられた養殖サーモンが主流となっています。