本作の成立は明和八年(1771年)。尾張の豪商・神谷雁門の依頼を受け、池大雅が49歳、与謝蕪村が56歳の円熟期に筆を執った。ふたりは当代の京都画壇を牽引する双璧でありながら、その画風も個性も対照的だった。この競作は、日本美術史に燦然と輝く奇跡のセッションと言ってよい。
池大雅が担当した「十便図」は、山暮らしの「便利さ・快適さ」を10の場面で描き出す。大雅の持ち味である天真爛漫な線描と、明るくリズミカルな色彩が躍動する。井戸を掘れば水が湧き、畑を耕せば野菜が実る。そんな素朴な暮らしの恩恵を、大雅は屈託のない笑顔のような筆致でカンバスに定着させた。
一方、与謝蕪村が担当した「十宜図」は、自然のうつろいがもたらす「景観の美しさ・風情」を10の情景に仕立てた。俳人としても名を馳せた蕪村らしく、空気の湿り気や光の移ろいをとらえる感覚は極めて繊細だ。朝霧に煙る山並み、雪の降る夜の静寂、月光が照らす川面。蕪村の筆は、言葉にならない季節の微細な変化を、詩情豊かな墨と淡彩で描ききっている。