二階氏のキャリアは、和歌山県議会議員を経て1983年の衆議院議員総選挙で初当選したことから始まりました。運輸大臣、経済産業大臣などを歴任し、自民党離党と復党(新生党、自由党、保守党などを経由)を経験しながらも、権力の中枢に返り咲いた稀有な経歴を持ちます。
特に特筆すべきは、歴代の中国指導部と築き上げた強固な「中国パイプ」です。日中友好議員連盟の要職を務め、3000人規模の訪中団を率いるなど、冷え込む日中関係において独自の太い対話チャンネルを維持し続けました。
親中派としてのスタンスには保守派からの批判も少なくありませんでしたが、政府間の公式対話が停滞した局面でパイプ役を果たすなど、東アジア外交における独自のリアリズムと存在感は際立っていました。