ハマカーンの名を日本中に知らしめた最大の転機は、フジテレビ系列で放送された『THE MANZAI 2012』でのグランプリ獲得だった。怒涛の勢いで畳みかける浜谷の叫びと、冷ややかな神田のやり取りは、まさに一芸を極めた職人芸。優勝直後はバラエティ番組に引っ張りだことなり、多忙を極める芸能界の波に飲み込まれていった。
しかし、ブレイクの熱狂が落ち着くにつれ、露出のスタイルは徐々に変化を見せる。ひな壇でのフリートークや過酷なロケ企画が中心となるテレビ番組の潮流に対し、彼らが頑なにこだわり続けたのは、一本のネタを磨き上げる作業だった。多忙すぎるスケジュールは漫才の精度を削ぎかねない。売れっ子タレントとしての消耗戦を避け、あえて露出のペースを調整したことが、露出減少の第一の要因である。