「バニラ=甘いもの」という強固な先入観を持っていると、バニラエッセンスの原液を舐めたときに走る強烈な衝撃に驚かされる。原液は甘いどころか、舌が麻痺するような刺激と強烈な苦味を放つ。このバニラエッセンス苦い理由には、明確な食品化学の理由が存在する。
製品の裏面表示を確認すると、原材料欄の先頭には「エタノール(アルコール)」が記載されている。市販のバニラエッセンスは、バニラビーンズの香気成分(主成分:バニリン)を効率よく抽出し保存性を高めるため、約30%〜40%前後のアルコール成分を含有している。さらに香料抽出成分自体が高濃度で濃縮されているため、原液状態では苦味受容体を強く刺激する化学構造を持っているのだ。
調理工程におけるバニラエッセンス加熱揮発の挙動も見逃せない。エタノールの沸点は約78.3℃であるため、オーブンで焼き上げるクッキーやスポンジケーキの場合、アルコール成分の大部分は焼成中に空気中へと蒸発し、芳醇なバニリンの香りだけが油脂やデンプンに定着する。しかし、プリン液のように低温で蒸すお菓子や、冷やし固めるゼリー、生のホイップクリームへ過剰に投入した場合、アルコールが一切気化せずに残留する。その結果、アルコール特有の薬臭さと高濃度香料の苦味がダイレクトに味覚を直撃することになる。