現在でこそ海外での贅沢な暮らしが注目される倉沢淳美だが、日本の芸能界に残した足跡は今なお色褪せない。
1980年代前半、大ヒット番組『欽ちゃんのどこまでやるの!』から誕生した伝説のユニット「わらべ」。萩本欽一のプロデュースにより「かなえ」役としてデビューした彼女は、「めだかの兄妹」や「もしも明日が…」といったミリオンセラーを連発し、一躍お茶の間の人気者となった。
ソロ歌手としても「プロフィール」などの名曲を残し、昭和アイドルの黄金期を駆け抜けた。喧騒の芸能界から離れ、異国で新たな人生を切り拓いた選択は、彼女にとって自分らしい幸せを追求した結果だったのだろう。