公用文では「十分」に統一される一方で、古くから日本語の表現として「充分」が使われ続けてきたのには、漢字の成り立ちに由来するニュアンスの違いがあるからです。
「十」という漢字は、数字の1から始まって10で完結することから、「余すところなく満ちている状態」や「限界まで到達していること」を象徴しています。そのため、物理的な充足や客観的な数値・容量を満たしている文脈には「十分」が極めて適しています。
対する「充」は、「満たす」「行き渡る」という意味を持ち、内側から湧き出るような感覚や、主観的な満足を表す性質を持っています。数値では測れない精神的な満足感や情緒的な充足を表現する際に、「充分」という表記が好まれてきた歴史的背景があります。
客観的な事実や数値を語るなら「十分」、個人の主観や感謝・感動のニュアンスを込めたい私信なら「充分」という使い分けの感覚を知っておくと、文章の奥行きを豊かに表現できます。