近代日本の経済界を語る上で欠かせない二大巨頭が、渋沢栄一と五代友厚だ。「東の渋沢、西の五代」と並び称される二人だが、そのアプローチと置かれた環境には明確な対比が存在した。官僚出身として広範な民間事業を育成した渋沢に対し、五代は敗戦処理や財政難に苦しむ大阪の街を救うため、自ら最前線に立ち続けた。
二人の関係は単なるライバルにとどまらない。日本を欧米列強と肩を並べられる近代国家にするという共通の大志を抱き、互いの手腕を深く認め合っていた。『青天を衝け』でも描かれたように、東西の経済圏を支えた彼らの無私の連携があったからこそ、明治期の急速な産業発展が可能となったのだ。