スタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫氏の著書や当時の制作日誌によると、本作のキャッチコピー制作は1996年後半、映画の完成が近づく中で難航を極めていました。当時、宣伝を率いた鈴木氏は盟友であるコピーライター・糸井重里氏に依頼を出したものの、スタジオジブリ側と糸井氏の間で交わされたFAXのやり取りは、まさに表現者同士の意地のぶつかり合いでした。
糸井氏から最初に提示された案は、映画のスケール感や寓話性を前面に出したものでした。しかし、映画のテーマが「混迷する時代をどう生き抜くか」という重厚な問いを孕んでいたため、宮崎駿監督の納得は得られませんでした。スタジオジブリの記録に残る幻の没案には、以下のような言葉が並んでいました。
「おそろしいか、愛しいか。」
「死ぬな。」
「ハッピーエンドは、いまつくられている。」
「人は昔、もののけだった。」
「惚れたよ。」
鈴木敏夫氏は糸井氏に対し、「もっと映画の核心に踏み込んでほしい」「これでは宮崎駿の獰猛なエネルギーが伝わらない」と容赦なくリテイクを突きつけました。糸井氏もまた、提示したコピーをことごとく突き返される中で極限まで思考を研ぎ澄まし、ついに絞り出したのが「生きろ、そなたは美しい」という一行でした。
このコピーを受け取った瞬間、鈴木氏は「これだ」と直感し、宮崎監督も承諾。映画全体の宣伝戦略を決定づける看板フレーズが誕生したのです。