時計の針を40年以上巻き戻してみよう。1980年代初頭のハードウェア環境は、極めてシビアなメモリ制約との戦いだった。任天堂株式会社のクリエイターである宮本茂氏が手がけた初期の作品群において、画面上のドット数や使用できるカラーパレットは極限まで削ぎ落とされていた。
当時、ファミリーコンピュータのスペックで表現できる背景オブジェクトには限りがあった。そこで選ばれたのが、シンプルな直線と円弧の組み合わせで描画でき、かつ緑色という限られたパレットで鮮明に浮き立つ下水道の排水管、すなわち土管だったのだ。無機質なコンクリート管をポップなファンタジー世界に接続するこの大胆な発想は、2D横スクロールというアクションゲームの基本文法を決定づけ、当時のゲーム産業全体に強烈な衝撃を与えた。