大津事件とは?ロシア皇太子襲撃の謎と司法権の独立を守り抜いた男たち

大津事件とは?ロシア皇太子襲撃の謎と司法権の独立を守り抜いた男たち

大津事件とは?ロシア皇太子襲撃の謎と司法権の独立を守り抜いた男たちとはどのようなものなのか? 専門的な分析を整理してお届けします。

事件の一報を受けた日本政府の動揺は凄まじいものでした。首相の松方正義、元老の伊藤博文、内務大臣の西郷従道らは、「津田を死刑に処さなければロシアとの戦争は避けられない」と確信し、刑法を捻じ曲げてでも死刑に持ち込もうとしました。

当時施行されていた旧刑法において、通常の殺人未遂罪(第292条)の最高刑は無期徒刑(無期懲役)でした。そこで政府は、日本の皇室に対する危害を罰する「大逆罪(第116条)」を外国の皇太子にも無理やり適用させようと画策します。大逆罪は未遂であっても死刑しか規定されていない絶対法定刑だったためです。

これに対し、司法の最高責任者であった大審院長・児島惟謙は真っ向から反対しました。大日本帝国憲法第57条には裁判所が法に基づいて裁判を行うことが明記されており、政府の都合で条文を拡大解釈することは法治主義の崩壊を意味します。児島は担当裁判官7人を一人ひとり説得し、「国際的な危機であっても、法を歪めてはならない」と司法権の独立を死守するよう結束を促しました。

高橋 健太
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高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。