かつて局を代表する看板アナウンサーとして活躍した彼に、最初の大きな転機が訪れたのは2012年夏のことだった。ニューヨーク支局赴任中の業務滞在費清算をめぐり、局内で不正使用の疑いが持ち上がったのだ。長谷川豊氏本人は一貫して「手続き上の誤解であり不当な処分」と主張したものの、局側からの処分を受け入れざるを得ない状況へと追い込まれた。
結果として降格処分を受け、アナウンス室からの転出を余儀なくされたことが、決定的な亀裂を生んだ。翌2013年、長谷川氏はフジテレビを退社。自ら会社を去る道を選んだ背景には、組織に対する根深い不信感と、自身の正当性を発信したいという強い承認欲求があったとされる。