昭和49年(1974年)、人気絶頂の中にあった宮田輝がNHKを退職し、政界への転身を表明したニュースは日本中に激震を走らせた。トップアナウンサーとして国民的人気を誇っていた男が、なぜ安定した放送の世界を捨て、過酷な政治の世界へ身を投じたのか。その真相は長年、多くの謎に包まれていた。
2026年、元番組スタッフの遺品から発見された手記と、当時の政界関係者の未公開証言により、その決断の背景が明らかになった。証言によると、宮田は『ふるさとの歌まつり』などで全国を回る中で目にした「地方の衰退」や「市井の人々の悲痛な声」を、単なるニュース報道として伝えるだけでは限界があると感じていたという。彼は周囲に対し、「声を拾う立場から、その声を政策に反映させる立場になりたい」と強い意志を漏らしていた。
自由民主党から出馬した参議院選挙では、全国区で圧巻のトップ当選を果たし、政治家としての第一歩を踏み出した。タレント候補と揶揄されることもあったが、本人は誰よりも熱心に国会へ通い詰め、福祉や文化振興政策に全力を注いだ。表舞台の華やかさとは裏腹に、泥臭く国民の声に耳を傾け続けた姿勢こそが、彼の政治家転身の真実であった。