高校野球の長い歴史のなかでも、エースとして全国制覇を果たし、のちに指揮官としてチームを紫紺の優勝旗へと導いた人物はごくわずかしか存在しない。1999年のセンバツで沖縄県勢初の甲子園優勝をもたらした左腕・比嘉公也。彼が再び母校のユニフォームに袖を通し、2008年春に監督として頂点に立った出来事は、沖縄のスポーツ史に刻まれる金字塔となった。
「自分が選手だった頃と今では、野球という競技そのもののスピード感も情報量もまるで違う」。そう静かに語る姿勢に奢りは一切ない。自身の輝かしい成功体験に固執することなく、時代ごとに変化する高校生の気質や身体能力に柔軟に適応させていく柔軟性こそが、長期にわたり強豪であり続ける最大の原動力だ。