あらためて時計の針を戻そう。かつて後藤氏が率いた「後藤組」とは、どのような組織だったのか。
日本最大の指定暴力団山口組において、静岡県富士宮市を拠点に圧倒的な武闘派として恐れられた。武力抗争での冷酷な攻撃力だけでなく、企業買収、地上げ、株式市場への介入など、金融ヤクザとしての先鋭的な手法をいち早く導入。政財界のフィクサーとしても浮上した。
しかし、あまりに過激で目立つ手法は、警察当局による一斉打撃の標的となり、暴力団排除条例の強化や組織内部の権力闘争とも重なって、2008年に山口組から除籍・組解散へと追い込まれた。国内での生存領域が狭まるや否や、彼は即座に日本を脱出。膨大な暗黒資金とともに東南アジアへ拠点を移すという、極めて素早い決断を下した。