柏崎トルコ文化村は、1996年(平成8年)7月、日本とトルコの友好親善および地域活性化を旗印にオープンしました。オスマン帝国様式のドーム建築や本格的なトルコバザール、トルコ料理レストラン、さらには直輸入の絨毯や陶器の展示販売など、総事業費数百億円規模を投じた一大観光プロジェクトでした。
しかし、この華やかなプロジェクトの裏には、極めて危うい資金調達構造が存在していました。同パークの主導的な資金供給元だったのが、当時の新潟中央銀行です。同行頭取による強烈な主導のもと、「新潟ロシア村」「富士ガリバー王国」とともに「三大テーマパーク構想」の一角として巨額の融資が実行されていました。
ところが、1990年代末にバブルの後始末と放漫融資が限界に達し、1999年(平成11年)10月に新潟中央銀行が経営破綻。生命線だった資金供給が完全に断たれたことで、柏崎トルコ文化村の運営は急速に暗雲が立ち込め、経営破綻への坂道を転がり落ちることになります。