日本球界で確固たる実績を積み重ねた後、彼が選んだ道は太平洋を渡る挑戦だった。読売ジャイアンツでの輝かしいキャリアに甘んじることなく、名門ニューヨーク・メッツのユニフォームに袖を通した決断は、当時の日米野球界に大きな衝撃を与えた。
メジャーリーグベースボール(MLB)の過酷なマウンド環境や、文化の違いに直面しながらも、彼は自慢のコントロールと緩急を生かした投球術で瞬く間にア・リーグやナ・リーグの強力打線に対抗。先発・リリーフを問わずフル回転したタフネスぶりは、現地ニューヨークのメディアからも高く評価された。過酷な移籍交渉の裏側にあった葛藤や、渡米直後に直面した知られざる苦労のエピソードは、今なお多くの野球ファンを魅了してやまない。