この歴史的フレーズはいかにして生まれたのか。当時、高知県から歌手を目指して単身で上京したばかりの岡本真夜は、環境の激変や孤独感と闘っていました。そんな折、地元に残る親友から届いた「仕事や生活が辛い」という悩みの手紙がすべての出発点となります。
「友人をどうにかして元気づけたい」という一心でピアノに向かい、紡ぎ出されたのが「アスファルトに咲く花のように」という比喩であり、「涙の数だけ強くなれる」というストレートな励ましでした。当初はバラード調だった原曲を、プロデューサーの助言でアップテンポなアレンジへと昇華させたことで、累計売上200万枚超(ダブルミリオン)という驚異的な大ヒット作へと結びついたのです。