「野蛮な狩猟採集民」という従来のイメージは、近年の学術出版・歴史メディアで紹介される発掘成果によって完全に崩壊した。千葉県佐倉市に位置する国立歴史民俗博物館をはじめとする研究機関の分析により、当時の東北地方には中央に劣らない高度な製鉄技術が存在していたことが判明している。
東北各地の遺跡から出土する無数の舞草刀(もぐさと)や長蕨手刀は、後の日本刀の原型となった優れた鍛造技術を示している。彼らは単に中央から鉄器を輸入していたのではなく、自前で高純度の鉄を生成し、武具を自給自足していたのだ。さらに、東北の豊かな牧草地で育てられた馬を活用した高度な騎兵部隊は、機動力において歩兵中心の朝廷軍を圧倒していた。この技術的・軍事的な自立性こそが、大和朝廷が数十年にわたり戦い苦しんだ真の理由である。