野球(ベースボール)が現代でもカタカナではなく「野球」として完全に日常語に溶け込んでいるのに対し、なぜ蹴球は「サッカー」というカタカナ表記に取って代わられたのでしょうか。この現象には、戦後日本の社会構造と言語受容の力学が作用しています。
第一の要因は、戦後のGHQ占領期におけるアメリカ文化の流入です。イギリス発祥のこのスポーツは、本国やヨーロッパ諸国では「Football」と呼ばれますが、アメリカでは「Soccer」と呼ばれます。戦後、メディアや教育の現場でアメリカ英語(米語)が標準として扱われた結果、「フットボール」ではなく「サッカー」という呼称が急速に浸透しました。
第二の要因は、「野球」が国民的スポーツとして独占的な地位を築いたこととの対比です。明治期、正岡子規や中馬庚らによって熱狂的に受け入れられた野球は、新聞各社が主催する全国大会を通じて漢字のまま大衆化しました。対して蹴球は、戦前は一部の高等教育機関(大学・師範学校)を中心としたエリート層のスポーツにとどまり、大衆化を迎えた1960年代(メキシコ五輪銅メダル獲得)から1990年代(Jリーグ開幕)のフェーズでは、すでにカタカナ語でのマーケティングが主流となっていたという時代差が存在します。
現在でも早稲田大学や筑波大学をはじめとする大学組織が「ア式蹴球部」「蹴球部」の名称を維持しているのは、組織の創設に関わった先人たちの歴史的アイデンティティを尊重し、単なるスポーツクラブ以上の「学術・体育史の継承機関」としての役割を自認しているためです。