日本で『愛の讃歌』といえば、越路吹雪版(岩谷時子訳)と美輪明宏版の2つの潮流が存在します。この両者は、同じ原曲を元にしながらも、描いている世界観のベクトルがまったく異なります。
越路吹雪版は、「あなたの燃える手で 私を抱きしめて」「空が落ちてきても 怖くはない」というフレーズに象徴されるように、恋する女性の純粋で献身的な想いをロマンチックに歌い上げています。戦後の復興期において、人々に夢と希望を与える華やかなポピュラーソングとして、岩谷時子の詩は完璧な役割を果たしました。
一方、美輪明宏の訳詞は徹底してリアルで、ときに恐ろしいほどの激情を露わにします。「もしあなたが望むなら、世界の果てまでも行く」「友を裏切り、国をも捨てよう」「法を犯し、牢獄へ入ろうと構わない」という極限の誓いが並びます。美輪明宏は、美辞麗句で包み隠すことなく、愛が孕む狂気や罪悪感、社会的破滅さえも引き受ける覚悟をストレートに紡ぎ出しました。