この事件が日本の捜査史上で最も忌まわしいとされる最大の理由は、関根元が編み出した「ボディを透明にする」という狂気の解体処置法にある。関根は殺害した被害者の遺体をアジトへ運び込み、包丁やナイフを用いて細かく解体。骨はサイコロ状にまで小さく砕き、ドラム缶で灰になるまで焼却した上で、山林や河川へ細かく撒き散らした。肉体そのものをこの世から消滅させれば、殺人事件として立件することは不可能——関根はその冷酷な計算のもと、作業を黙々と遂行したのだった。
硝酸やカプセル入りの劇薬を用いて発覚を免れつつ毒殺し、痕跡を徹底的に抹消する手法は、人間性を完全に排除した作業そのものだった。目撃者も遺体も残らない構造を作り上げたことで、初期の事件解明は極めて困難を極めた。「死体が出なければただの行方不明」と高笑いしていた関根の計画は、犯罪者の冷徹な企みがどこまで深く到達し得るかを示す残酷な実例となった。